【おとなのソロ部】アール・デコ様式に恋する「東京都庭園美術館」でひとり建築さんぽ
美術館に行きたいけれど人混みは避けたい、自然を感じたいけれど遠出はできない…。そんな人におすすめしたいのが、東京・目黒にある「東京都庭園美術館(とうきょうとていえんびじゅつかん)」です。芝庭・日本庭園・西洋庭園に囲まれた邸宅美術館は、素敵なおうちに招かれた気分でひとりの休日を過ごすのにぴったり。2023年10月に開館40周年を迎え、新たなスタートを切った「東京都庭園美術館」に出かけてみませんか?
2023年10月に開館40周年を迎えた「東京都庭園美術館」とは?
JR・東急目黒線目黒駅から徒歩7分の場所にあるのが「東京都庭園美術館」。本館は昭和8年(1933)、皇族朝香宮(あさかのみや)夫妻の自邸として建てられた建物です。
建物には、1920年代、フランス・パリで暮らした朝香宮夫妻の感性が詰まっています。当時のフランスは、アール・ヌーヴォーから進化したアール・デコとよばれる新しい装飾様式が大流行。夫妻は1925年のパリ万博で見たアール・デコ様式の虜になり、帰国後、アール・デコ様式をふんだんに取り入れた自邸を建てることを決意したといいます。
なかでも允子(のぶこ)夫人のアール・デコへの思いは強く、パリ滞在中にフランス語を学び、フランスの建築家たちとフランス語を交えながらやりとりすることもあったとか。夫妻が自邸の装飾プランを依頼したのが、フランスの装飾美術家であるアンリ・ラパン。そして、ラパンが招集した装飾家や美術家のなかには、あの有名なルネ・ラリックもいました。
アール・デコを牽引していたフランスの装飾美術家たちと、宮廷建築を担っていた日本の宮内省内匠寮(たくみりょう)が協力して作り上げたすばらしい洋館は、その姿を保ったまま昭和58年(1983)に美術館として開館。2015年には、宮内省内匠寮が手がけた建築のなかでも特色がある建物として国の重要文化財に指定されました。そして、2021年に「東京都庭園美術館条例」が施行され、都立文化施設として新たなスタートを切り、2023年10月には、開館40周年を迎えました。
写真を撮る手が止まらない。アール・デコ装飾様式のみどころをご紹介
それでは、お待ちかねの館内ツアーをスタートしましょう。学芸員さんに教えていただいたすばらしい意匠の数々を見れば、きっとアール・デコの虜になりますよ。
■本館1階
まずは、本館1階にある「玄関」のみどころをご紹介。客人を出迎える4枚の大きな扉には、ルネ・ラリックがデザインしたガラスのレリーフが!今にもガラスからフワッと出てきそうな女性の像はまさに芸術品。ルネ・ラリックは、フランスのジュエリーデザイナーやガラス工芸家として知られ、アール・ヌーヴォーやアール・デコに多大なる影響を与えたひとりです。
同じく「玄関」の足元にもご注目を!こちらは当時、日本の宮廷建築を担っていた宮内省内匠寮が作ったモザイクタイルの床。日仏の才能と技術が融合する空間になっています。
続いて、本館1階にある「次室」へ。中央にあるアンリ・ラパンがデザインした巨大な噴水機は、「東京都庭園美術館」を代表するアイコニックな存在。その名のとおり、朝香宮夫妻の自邸だった時代には、水が循環する室内噴水機でした。
噴水機の上部には水が湧き出したようなデザインの照明があり、この照明部分に香水を忍ばせると、照明の熱で香りが室内に拡散されるという、アロマディフューザーとしての機能も備えていました。香りで客人を出迎えるなんて、フランス人らしい演出ですよね。残念ながら、美術館となった現在では水も香水も使用できませんが、想像しただけでワクワクします。
「次室」を通り過ぎて「大客室」へ。上の写真からは見えませんが、テラスに面した広い窓から庭園を望むことができ、天井もかなり高く設計されているので開放感があります。
この「大客室」で注目すべきポイントは、アール・デコ装飾様式の流行を生み出していたアーティストたちの共演です。壁にはアンリ・ラパン直筆の壁画、天井にはルネ・ラリック制作のシャンデリア、そしてマックス・アングランのエッチングガラスをはめ込んだ扉、そのすべてがこの空間に勢揃いしているんです!
「大客室」で談笑を楽しんだあと、客人たちが次に通されるのが、こちらの「大食堂」。円形に張り出し出窓部分からきれいな庭園が見えます。この出窓部分で記念撮影する人が多いとか。
「大食堂」も「大客室」同様、アーティストたちの作品が髄所に!スクエア型が珍しいルネ・ラリック制作のシャンデリア、魚や貝をモチーフにしたラジエーターカバーは宮内省内匠寮による制作です。
壁には、レオン・ブランショの壁面レリーフ、暖炉の上にはアンリ・ラパンが描いた壁画が飾られたこちらも日仏融合が魅力の空間です。ブランショとラバンが担当した壁には、それぞれのサインも書かれているので探してみてください。ひとりならじっくり探せるはず。
■本館1階→2階
「大食堂」をあとにし、いよいよ朝香宮ご家族のプライベート空間だった本館2階へ。途中にある1階と2階をつなぐ「大階段」のぜいたくな造りにも注目を!大理石を使った重厚な手すりは、アール・デコ様式の特徴でもあるジグザグのデザインが際立っています。
この大理石は、あのミケランジェロも作品に使っていたというイタリア・カッラーラ産というから驚きです。思わず触りたくなる手すりなのですが、館内の設備には触れることができないので注意!
■本館2階
本館2階には、朝香宮ご家族の部屋が並びます。客人は1階、家族は2階と空間をしっかり分けていたのですね。確かにアンリ・ラパンたちに任せた華やかな1階に比べ、允子夫人の希望が多く反映されているという2階はアットホームな雰囲気です。
まずは「殿下居間」を見てみましょう。内装はアンリ・ラパンが担当し、壁紙とカーテンはエドゥアール・ベネディクトゥスがデザインしたテキスタイルを使用。このテキスタイルは、竣工時の現物と写真をもとに2014年に復元したのだとか。アーチ型の天井も素敵です。
本館2階の「殿下居間」と「妃殿下居間」からのみ出入りできる夫婦専用の「ベランダ」。ふたりでイスに座って日光浴をしたり、庭を眺めたりしていたのでしょうか。市松模様の床やひし形のライトがとてもモダンで、ふたりの仲睦まじい姿が目に浮かぶようです。
こちらは「妃殿下居間」にあるラジエーターカーバー。允子夫人自らが手がけた花のデザインは、アール・デコ様式への憧れが詰まっているよう。このほか室内には、一枚ものの大きな鏡があったり、床にタイルを敷き詰めていたりと夫人のこだわりが散りばめられています。
本館2階の特筆すべきみどころは、各部屋の照明です。夫妻の居間と寝室、子どもたちの部屋と、すべての部屋の照明デザインが異なります。
そのセンスのよさとアイデアに脱帽です。ぜひ全室の天井をじっくり眺めてみてくださいね。各部屋に合ったデザインを採用していて、写真を撮らずにはいられません。
■本館3階
本館3階は寒い時期の植物用温室「ウインターガーデン」。こちらもモノトーンの市松模様の床が印象的。マルセル・ブロイヤーデザインのイスは、殿下自身が購入したものだとか。植物だけでなく、人間にとっても心地いい空間です。
また、本館3階へ続く「第二階段」もお見逃しなく。この手すりに埋め込まれたモチーフを見て、「館内で一番好きなモチーフです」と笑顔の学芸員さん。こんな風に自分だけのオンリーワンのモチーフ探しも楽しい建築探訪でした!
美しい庭園を望む「カフェ庭園」で余韻に浸る
本館で建築美と展覧会を鑑賞したあとは、お隣の新館1階にある「カフェ庭園」へ。広い窓やテラスから見える自慢の庭園は、季節ごとに表情を変えるのでいつ訪れても新しい発見があります。
「カフェ庭園」のおすすめメニューは、手前から「TEIENティラミス」800円と「狭山 煎茶」750円です。ティラミスは、庭園の芝生をイメージしたほろ苦い抹茶とコクのあるマスカルポーネチーズの相性がバツグン!大人スイーツには、煎茶を合わせて。
おすすめ2品のほか、ショーケースに並ぶケーキ1品とドリンク1品のケーキセットや、限定で登場する展覧会コラボケーキも人気だとか。スイーツ以外に食事メニューもあり、お隣にはミュージアムショップや展示スペースもあるで、ぜひ新館にも立ち寄ってみましょう。
新館から本館に戻るとき、足元にご注目!連絡通路のガラスの壁に施された模様が床に影を落とすのですが、午前中ならその影がハートマークに見えるんです!通路がハートだらけ♪ とSNSでも話題だとか。早い時間に訪れると、こんなラッキーに出合えますよ。
情熱を込めて作られたものは、それぞれの時代の人々にちゃんと愛されて大切に残るのだなと、“レガシー”という言葉の意味を実感する建築さんぽでした。この記事でご紹介したような「東京都庭園美術館」の魅力が丸ごとわかる展覧会『旧朝香宮邸を読み解くA to Z』が2024年2月17日(土)~5月12日(日)に開催予定です。ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
■おすすめの利用シーン:ひとりでおでかけしたいとき、名建築をじっくり鑑賞したいとき、自然豊かな庭園を散策したいとき、美術館カフェでひとり静かに過ごしたいとき
Text:山田裕子(editorial team Flone)
Photo:日高奈々子
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