明治時代のレトロな洋館「雑司が谷旧宣教師館」で安らぎのひとときを

明治時代のレトロな洋館「雑司が谷旧宣教師館」で安らぎのひとときを

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東京メトロ有楽町線東池袋駅または副都心線雑司が谷駅から徒歩10分ほど。閑静な住宅街に、異国の雰囲気を漂わせながらひっそりとたたずんでいるのが「雑司が谷旧宣教師館(ぞうしがやきゅうせんきょうしかん)」です。「どなたでもどうぞ」と開かれた門をくぐると、その向こうには緑の木々に囲まれた白い洋館が。どこか懐かしさを感じる建築と庭園の中には、ゆったりとした時間が流れていました。

Summary

地域の象徴として親しまれてきた、アメリカ人宣教師の館

「雑司が谷旧宣教師館」はアメリカ人宣教師ジョン・ムーディー・マッケーレブ氏が、明治40年(1907)に住居と教会事務所を兼ね備えて建てた洋館です。

アメリカ・テネシー州に生まれたマッケーレブ氏は、19世紀末にキリスト教伝道のため妻とともに日本へやってきました。都内を転々とした後、雑司が谷に移り住んだのが明治40年(1907)のこと。帰国するまでの34年間をここで過ごし、その間、地域に根ざして、キリスト教ピューリタニズムに基づき青年教育や幼児教育、慈善事業などを行ってきました。
館へと続くレンガの小道。かわいいタイルが目印です。
館へと続くレンガの小道。かわいいタイルが目印

アジア・太平洋戦争を機にマッケーレブ氏が帰国した後、しばらくは個人や企業が所有していましたが、昭和の終わりにマンション建設計画による取り壊しの話が浮上します。そこで立ち上がったのがマッケーレブ氏が創設した雑司ヶ谷幼稚園の卒園生や地域住民たち。「地域の象徴として残したい」と保存運動を起こし、取り壊しは回避され、その後は豊島区が所有することになりました。

豊島区内では現存する最も古い近代木造洋風建築であり、また都内でも希少な明治期の宣教師の住居であることから、平成11年(1999)には「旧マッケーレブ邸」として、東京都指定有形文化財(建造物)に指定されています。

取材中にはご年配の方々や小さな子どもを連れた方などがふらりと立ち寄る姿も見られました。今でも地域の人々に親しまれている場所のようです。

大工の創意工夫が随所に。「カーペンターゴシック」がおもしろい!

「雑司が谷旧宣教師館」を訪れたら、じっくりと見てほしいのが建物の造りです。

ベースは19世紀後半のアメリカ郊外住宅の特徴を模した2階建の構造。その細部には「カーペンターゴシック」とよばれる様式で、ちょっとしたデザインが施されているのです。

「カーペンターゴシック」とは、18世紀後半から19世紀のゴシック建築復興運動(ゴシック・リヴァイヴァル)の流れで生じた様式で、大工たちが糸鋸(いとのこ)などの技術を駆使し、ゴシック建築の装飾的な要素を木造住宅の中に取り入れようとした試みです。

例えば、屋根の先端部分は「雲切り」という形に切られています。丸みを帯びたアーチがキュート。

ポーチの方杖(ほおづえ。横架材から柱へ斜めに入れる補強のための部材)は、あえて貫かれたように見せるデザインに。フォルムにもこだわりが詰まっています。

窓枠にもご注目。通常は四角や長方形の多い部分ですが、ここではひし形と直線を組み合わせた形になっていて、さりげなくおしゃれです。

また、カーペンターゴシックのほかにも工夫が凝らされています。壁面には「下見板張り」という木の横板を重ねて貼り合わせる技法が用いられ、雨の侵入を防いでいます。なだらかなスカート状になっているのは全国的に見ても珍しいのだそう。当時の大工の技や遊び心が随所に発見でき、時間を忘れて楽しめます。

木の温もりと光が心地よい、慎ましい暮らしの空間

館の中に足を踏み入れると、ふわりとした木の香りに包まれます。華美な装飾はされておらず、建物本来のシンプルな姿を留めています。歩くたび床がきしきしと音を立て、時を重ねた木造建築ならではの趣を感じます。

玄関のすぐ右側にはあるのは居間。お客様を招き入れる場所でもあるため、特に力を入れた造りになっています。なかでも目を引くのは、ケヤキ材を使った前飾りが華麗な暖炉。上部には鏡が埋め込まれていますが、これはアメリカではあまり見られない装飾で、材料をアメリカから輸入した後、日本人の大工が追加で組み込んだのではないかと考えられています。

縁を飾るタイルはアール・ヌーヴォー様式。アメリカで愛や豊かさの象徴とされていた蘭の花のデザインがとてもシックです。ちなみに暖炉は館に6機あり、それぞれ建物の中心部に寄せて配置されており、煙突が1本で済むよう工夫されているそうです。

光のたっぷり入るベイウィンドウ(張り出し窓)。下にあるベンチは、収納戸棚にもなっていました。生活の場であったことが感じられますね。

廊下の大きな窓からは光が差し込み、とても明るく感じられます。建物東側は全面ガラス張り。アメリカからやってきたマッケーレブ氏には、日本の寒さがこたえたのではという説もあり、室内ベランダのような役割を果たしていたのではないかとも考えられています。

階段を上がると、2階には寝室や書斎、浴室などプライベートな空間として利用されていた部屋があります。造りの特徴としては、格天井の縁がすべて割竹でできていることや、長押(なげし)のような板材が全室に通っていることが挙げられ、和と洋の要素が見事に融合しています。私たち日本人はあまり気づきませんが、海外の人が見るとかなり日本らしさを感じられるポイントなのだそうです。

雑司が谷の歴史・文学にふれる展示や、季節の草花が息づく庭園も

館内にはマッケーレブ氏の活動や生活ぶりの紹介をはじめ、かつての雑司が谷の景観を再現したジオラマや、この地域の文化活動にまつわる展示品も多数あります。

特にユニークなのが旧教会事務所にある児童図書コーナーです。豊島区目白で生まれた大正時代の児童雑誌『赤い鳥』の復刻版が配架されています。『赤い鳥』は北原白秋氏の童謡や、芥川龍之介氏の『蜘蛛の糸』が寄稿されていたことで知られています。

椅子に座って『赤い鳥』の表紙のイラストを眺めたり、手に取って読んだりすることもできますよ。

天気のいい日には、庭園散策をするのもおすすめです。四季折々の草花の彩りと相まって、建物も一層引き立ちます。マッケーレブ氏がいたころからあったと伝えられている木も数本残っています。

中庭にはベンチもあるので、軽食を持ち込んで、ちょっとしたピクニックを楽しむ人もいるそうです。

「雑司が谷旧宣教師館」の詳しい解説を聞いてみたいという方は、電話で来館予約をすれば解説をしてもらえます。また、毎月第2土曜にはギャラリートーク、11月中旬~1月初旬まではクリスマスツリーの展示、12月にはナイトミュージアムなどを開催する予定です。

そのほか年2回のウエスタンピアノのコンサートや、おはなし会(『赤い鳥』の読み聞かせ)などもあります。詳しくは豊島区公式サイトでチェックしてみてくださいね。

建物そのものの美しさやおもしろさに目を凝らすもよし、歴史や文学に好奇心を向けるもよし、庭園の自然を愛でるもよし。宣教師・マッケーレブ氏が残したシンプルながらも暮らしの豊かさを感じられる憩いの空間で、心穏やかなひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。

■雑司が谷旧宣教師館(ぞうしがやきゅうせんきょうしかん)
住所:東京都豊島区雑司が谷1-25-5
TEL:03-3985-4081
営業時間:9時~16時30分
定休日:月曜(祝日または休日の場合は翌平日)


Text:宮丸明香
Photo:斉藤純平(editorial team Flone)

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